「文化は上から下にしか流れない」!?

 海外日本食:変わった味に”選別”必要?
 海外の日本料理店で出される「ちょっと変わった日本食」を“選別”する制度を、農林水産省が検討している。背景には日本食材の輸出もあるようだが、お役所が味付けにまで注文を付けることに疑問の声も少なくない。本当にそんな制度は必要なのだろうか。(中略)
 農水省によると、日本食を出す料理店は海外で2万〜2万4000店(推計)。中でも米国は約9000店と10年前の2.5倍になった。ヘルシーで高品質というイメージが広がり、特にすしの人気が高い。
 しかし、食材や調理方法が日本食とかけ離れた店も多いため、松岡利勝農相が昨年11月、「本物の日本食を世界に広めたい」として「優良店」の指定制度を打ち出した。
 農相は「日本の農林水産物は世界の市場で十分受け入れられる」と主張する輸出促進論者。優良店構想には、沈滞する農業を食材の輸出増で元気にする狙いもある。具体化は同省の有識者会議で検討中で、07年度にスタートする予定だ。
毎日新聞 2007年1月10日 12時52分 (最終更新時間 1月10日 13時05分)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070110k0000e040072000c.html

 中国や韓国の政府が,日本の中華料理店や韓国料理店を「選別」して,「この店は優良ですが,あの店は優良ではありません.あなたが好きな店は優良じゃありませんね」なんて言ってきたら,どう思うんだ? それともフランス政府とかによるフレンチの「指定制度」とかだったらありがたがるんだろうか.なんて疑問を抱いていたら,実際にタイやイタリアにはそうした先行事例があるんですね.有識者会議の会議資料に紹介されていました.
http://www.maff.go.jp/gaisyoku/kaigai/conference/01/index.html
 いや,うちも実家は農家だから農産物の海外輸出を振興したいという農水省の姿勢それ自体はいいと思いますよ.実際美味しいし,料理の幅が広がる素材だし.大根とか白菜とか葱とか,つい中国系スーパーのある郊外まで行って求めたりします.また,自国産品のブランドを守るためにある種の認証制度を設けるのはどこの国でもやっていることだし(シャンパンとかチーズとか関鯖とか),それはそれであっていいことだとは思う.
http://www.maff.go.jp/sogo_shokuryo/yusyutu.html
 けれども,調理法とか味付けを「ブランド」とか「知的財産」と同じように政府が保護するとまはいかなくても,「選別」するというのは一線を越えている気がする.和食もどきやちょっと変わった日本食でも,それが世界各地で広がり,定着していけば自然と「それじゃあ本場はどんな味なんだろう」っていう好奇心や探求心がわいてくるはずで,それを受けて民間の出版社や格付け機関がそういう関心をもった層向けに「選別」を商売すればいい.
 有識者のメンバーには,和食やフレンチの料理人,JTBぐるなび社長,銀山温泉の藤ジニー女将などあわせて11人が参加している.官庁の有識者会議という性格上仕方がないのだろうけど,そういう「選別」の恩恵を受けるはずの海外の消費者・利用者側の参加がないのも,どうなのか,と.
 議事録によると,メンバーのある一人は「…あくまで認証の件は,私個人都としてはある程度権威づけといいますか,ミシュランではありませんが非常にきつい規定がありまして…(中略).だから,ある程度厳しくすることが必要だと考えているわけです.文化もそうですが,基本的には文化の流れというのは水と一緒で上からしか流れませんので,下から上には絶対にいきません」などと言っていて,まったく勘弁してくれという感じなのだけど,この点,外食産業の業界団体代表のいう「…認証制度というものは基本的には一定の基準なりガイドラインをつくるというものでありますから,文化は基準に馴染まないものだと思います.(中略)そうしますと,先ほど申し上げましたが,日本料理の基準や規格を決めるということは全く不要です.大事なことは,良い・悪いという基準を決めることではなくて,戦略的目標に沿って,ここで提案されているように食品産業の海外進出の後押しになるような,あるいは日本の農林水産の加工食品を含めた輸出マーケットをより多く取っていく」という姿勢の方がずっと正しいように思う.
http://www.maff.go.jp/gaisyoku/kaigai/conference/index.html

追記(1月10日)
 海外日本食レストラン認証についてのエントリが,新聞と農水省のソースをごっちゃにしたまま書いて中途半端な内容になっているという反省から,追記.箇条書きで.
・新聞報道のニュアンスと違って,農水省の関心は文化の普及とか広報外交にはなく,貿易の拡大にあるということ.一部の有識者には本物と偽物の選別という志向もあるようだけど,現地において本物・偽物を選別してほしいという声があるのかどうかは疑問.そう思う理由は次の二点.
・北米の「日本食レストラン」を現地の人が「本場の味」などと誤解して食べているなんて聞いたことがないこと.日本でカレーやラーメンを本場のインド料理,中華料理と思って食べているひとがいないのと同じように.そのような誤解を改めたいと思うとしたら,自意識過剰.実際,農水省もそんなことをしたいわけではない.
・同じ理由から,北米の「日本食レストラン」が非日系人の経営による便乗商法になっているなんて聞いたことがないこと.現地の利用者の大半はそれらの多くが日系人による経営でないことを知っており,別に「騙されている」わけではない.観光客などの一見さんでない限り,現地人は実情を把握しており,それを「騙されている」などと言うのはかえって馬鹿にしている.「本場の味」を食べたいひとは,経営者・料理人のエスニシティに関係なく,定評のある店に行っている.
・資料3「海外における日本食レストランの現状について」の資料(PDF)はなかなか勉強になること.
http://www.maff.go.jp/gaisyoku/kaigai/conference/01/data03.pdf
・食べ物の話のときはつい脊髄反射的に反応してしまって,反省.