マイク・デイヴィス『感染爆発』(原著2005年)

 なぜまだ起きていないのか不思議なくらいだ、と評されるパンデミック。本書は、世界規模での大量死をひきおこしかねないトリインフルエンザの流行に警鐘を鳴らす本である。
 予想される新型インフルエンザ(H5N1型)は毒性が強く、感染しやすい上、ワクチンの完成には発生後何ヶ月も待たねばならないのに、今のところタミフルしか有効な薬がない。こうした新型感染症の危険性を訴える識者は少なくないが、本書の特色はそうしたパンデミックをマクロな歴史の趨勢と関連づけて把握している点にある。著者は、要塞的なショッピング・モールやゲーティッド・コミュニティを描いた『シティ・オブ・クォーツ』、再ラテン化されるアメリカを描いた『マジカル・アーバニズム』などの著書で知られる都市研究者であるが、彼によれば、トリインフルエンザの流行には四つのマイナス要因がある(188頁-)。
 ・家畜革命
 ・グローバリゼーション 
 ・巨大都市のスラム
 ・市場経済
 家畜革命はウィルスが変異し、動物からヒトへと感染するような機会を増やす。グローバル化はウィルスを世界中にまきちらかすヒトの移動を高速化した。都市のスラムは過密で不衛生で、ウィルスが進化するにはうってつけである。にもかかわらず、タミフルを入手できるのは一部の先進国だけであり、製薬会社は儲けの少ないワクチンの研究開発には及び腰である。
 こうした問題点の列挙は反システム運動をカタログ化したようなものであり、要するに、現代の資本主義こそがトリインフルエンザの元凶であるという話になってくる。けれども、著者はこうした状況を解決するようなヴィジョンや代案を提示してくれない。資本主義を超克することはかぎりなく難しく、大量死から逃れられる場所ははてしなく遠い。文明の存亡を示唆する本書の叙述は黙示録的で、ポスト赤木智弘的な文脈においてみるなら左翼的カタルシスを与える効果さえある。それとも本書の内容は結局杞憂であり、2000年問題のように、トリインフルエンザもまた大山鳴動してねずみ一匹に終わるのだろうか。
 以前も書いた恩師の話を思い出す。彼が子どもの頃はまだ冷戦の真っ最中で核戦争の可能性は今よりもずっとリアルだった。彼はふと遠くの空を見ては、もしあそこが光ったら次の瞬間が自分に訪れることはもうないだろう、と思ったという。
 そんな想像力をまさか自分の子どもがもつかもしれない時代がくるとは思ってもみなかった。

感染爆発―鳥インフルエンザの脅威

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