文楽の普及
古典芸能に初めて触れる機会にはどのようなものがあるでしょうか。身近な生活の中にないのなら、それはメディアや教育を通じてということになるでしょう。
第一にメディアを介して文楽に触れるケースがあります。この場合、まずなによりも指を屈すべきなのがNHK教育の番組です。「芸能花舞台」や「日本の伝統芸能」はもちろん、たまの「芸術劇場」も見逃せません。NHKには文楽に造詣の深いアナウンサーもいます。大御所の山川静夫はもちろん、何冊も本を書いている葛西聖司、大阪弁でインタビューできる小寺康雄らです。
また文楽はいくつかのパッケージで販売もされています。最近、豊竹山城少掾が語り、吉田玉男も遣る『菅原伝授手習鑑』通し狂言がDVD化されました。DVDボックスで全4枚セットはファン垂涎の的です。もちろんCDでも、住大夫、綱大夫、錦糸、清治、燕三らの義太夫節、三味線が収録されたものがあります。
演者以外による普及活動では、先の山川静夫の著作や赤川次郎の『赤川次郎の文楽入門』、いとうせいこうによるトークなどがあります。いとうは今年から日本芸術文化振興会の専門委員会委員になったそうです。また『サライ』や『怪』などの雑誌が特集を組むこともあります。
第二に学校の課外授業を通して文楽に初めて触れる場合もあります。平日の昼間の部にはしばしば高校生の団体が国立劇場に来ています。また12月の文楽鑑賞教室には中高生はもとより、小学生も先生に連れられて来場します。ここでは太夫・三味線・人形遣いの三業自身による口語的な解説があったり、「寺子屋の段」のような有名な演目がかかったりします。
三浦しおんの『仏果を得ず』でも、主人公が文楽に出会ったきっかけは高校時代の修学旅行でした。主人公の不良高校生は人間国宝の太夫とのメンチ切りに負けて、この道を志しました。
第三に夏休み文楽特別公演というのもあります。これは大阪の文楽劇場独自のもので、昨年は西遊記、今夏は日本のお化けがテーマになっています。これ自体は子ども向けですが、夏は夜の部も遊び心のある演目が用意されていて、馴染みのない大人にとっても敷居が低くなっています。
第四に地方で継承されている人形浄瑠璃です。大阪を中心に発達した文楽以外にも、これと同様の形式をもった人形浄瑠璃が日本各地に存在しています。例えば淡路人形浄瑠璃や徳島十郎兵屋敷では常設の小屋でいつでも人形浄瑠璃を楽しむことができます。
三浦周太郎は文楽の源流を尋ねて淡路を旅したときのことを『続 文楽の研究』に記録しています。1929年ころの話です。現在でも、文楽では聞けない女義太夫が淡路では活躍しています。
第五に歌舞伎などで演奏される竹本があります。これは文楽ではありませんが、義太夫節や三味線に触れる機会の一つになっています。竹本では、人形を人間に入れ替えて、義太夫節を語ります。歌舞伎の場合、会話は生身の俳優がやり、地の文は義太夫が語ります。最近では人類学者の船曳健夫がこの竹本をやっています。
このように文楽はまだまだマイナーな古典芸能ですが、関係者やファンは地道に普及に努めています。
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